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髪を切っても断ち切れないもの 小島慶子

髪を切るのはいつも気分がいいものです。

とはいえ50歳が見えてくると、髪型って結構難しいです。人それぞれに悩みも増えるお年頃ですしね。

私はここ数年はボブとショートの間を行ったり来たりですが、なかなかロングにしようという気になれません。

髪を切っても断ち切れないもの 小島慶子
現在の私。撮影/今村拓馬

なんとなく、なんとなくだけど、長い髪と向き合う気になれなくて。

年々、なるべく体から自由になりたいという気持ちが強くなっているのです。

身なりに投げやりになるということではなくて、もっと体と良い関係になりたいということ。

顔も髪も、いつも気になる、手のかかる場所だったけど、そろそろ解放されたい。

かつてはいつ体に裏切られるかとドキドキしていました。

シミができたら、シワが増えたら、白髪が増えたら、髪が減ったらどうしようって。

長年自分を自分たらしめていたものたちがだんだん「もう無理です」って脱落していくようで、なんだか寂しかったんです。

待って、行かないで、ってすがりたい気持ちになったこともありました。

けれど今はもう、お行きよ、有難う!という心境になってきました。

変わっていくことは不安だし寂しいけど、それにも慣れて、いちいち心を痛めることにも飽きてきて、むしろなんだか手放すたびに心が軽くなるような気がして。

ボブにしたのは5年ほど前。

背中まであった髪を一気に切って、前髪も作りました。

髪を切っても断ち切れないもの 小島慶子
心持ちも陽気になりました。 撮影/鈴木愛子

以前は子供っぽいと抵抗があったのに、今はこれこそが自分だというほどしっくりきています。

心と体のイメージが調和するって本当に大切なことですね。

20代30代の頃よりも、50歳が近くなった今の方が外に向かって開かれていて、人とつながるエネルギーに溢れています。

だから自分を包む長い髪より、風通しのいいボブがしっくりくるのかも。

長い髪をギュッとひっつめていた頃は、心もそんな風に張り詰めていました。

育児と仕事の両立で悩んだり、会社を辞めて独立したり、いつも気を張って風に立ち向かっていたなあ。

髪が長かった頃は、巻いたりアップにしたりして、自分を拡張している感覚がありました。

髪を切っても断ち切れないもの 小島慶子
 これが10年前。眉に時代を感じますね。ここからさらに髪を伸ばしました。武装していた頃です。 撮影/萩庭桂太

実際、当時はそうでもしていないと心細かったのです。

勢いが必要でした。

30代後半から40代にかけて、気持ちをガーっと盛り上げて新しい場所に突っ込んでいくパワーが欲しかったのです。

40代前半で髪を切ったら、身の丈でいいと思えるようになりました。

髪を切っても断ち切れないもの 小島慶子
 こんな短い時も。 撮影/稲垣純也

それに前髪を作ると、額がちょっとあったかくなる。これ私にとっては結構大事で、生え際まで晒していた頃よりも守られているというか、ちょっとした安心感があります。

それで気持ちに余裕が生まれる。髪って不思議ですね。

ただ、年々根元の白い毛が増えて、今カラーリングをやめたらどれくらい白いのかな、ってちょっと不安なのです。

グレイヘアにした先輩たちを見ていると、自身と健やかに折り合いがついている感じが素敵だなあ、私もいつか、って思うけど、今はまだ心がそれに追いついていません。

お行きよ!なんて言いながら、まだ、何かに未練があるのです。途中のものがあるのです。

これを終わらせたら、もうグレイヘアでいける気がする。

でもまだ、あとちょっとだけ待ってほしい。

それはもしかしたら、もしかしたら、まだ見ぬ誰かのまなざしへの期待なのかも。

20代の自分に戻りたいとは全く思わないけど、あの頃は時間がありました。

いろんな関係を結んでは解き、結んでは解いて、いつかその人に会えるかもと夢想する時間がたっぷりあったのです。

今はもうその時間をほぼ使い果たしてしまいました。時間は止まることなく流れて、体はここから向こうへと静かに渡っていきます。

行かなくちゃいけないのはわかっているのだけど、この人に会えてよかった!と心底思える出会いを待ち望む妄想めいた気持ちがまだ捨てられない。

ああ、なんでこうもあきらめが悪いのだろう。もちろん髪の色が変わったって、出会いの可能性はゼロになるわけじゃない。

でも愚かな私はまだ、見慣れた自分じゃないと心細いのです。

わずかに残った期待が消える前に、慣れ親しんだ姿で恋の一つでもしてみたい。そう思うのは、まだ過去に後ろ髪を引かれている証拠なのかな。

小島慶子  
タレント、エッセイスト
仕事のある日本と、家族と暮らすオーストラリアのパースを毎月往復する出稼ぎ生活。 『るるらいらい~日豪往復出稼ぎ日記』(講談社)、『解縛(げばく)』(新潮社)、小説『わたしの神様』(幻冬舎)、小説『ホライズン』(文藝春秋)、新刊に『幸せな結婚』(新潮社)がある。