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手をつなぎたくなる季節です 小島慶子

窓を開ければ、どこからか金木犀の香り。気持ちのいい季節になりました。暑くも寒くもなく、絶好の散歩シーズンです。買い物に出たついでに、よく近所の公園を歩きます。

手をつなぎたくなる季節です 小島慶子
日本では金木犀が花ざかり。マスクをしていてもわかるいい香り。

週末には、手をつないで歩いている人たちが目立ちます。今は人との距離が制限されているからか、仲睦まじく手を繋ぐ二人がなんだか眩しくて、つい目がいってしまう。夫婦、カップル、親子・・・接触が制限されているからこそ、大事な人との距離は縮まったのかな。いいなあ。

手をつなぎたくなる季節です 小島慶子
一方、オーストリアは春らんまん。こちらは夫が撮影して送ってくれたワイルドフラワーです。
手をつなぎたくなる季節です 小島慶子
手をつなぎたくなる季節です 小島慶子
上の写真とこちらも夫が送ってくれたワイルドフラワーの写真。

コロナで家族のもとに帰れず、誰とも体を触れることなく9ヶ月が過ぎました。オキシトシンが枯れ果てて、そろそろうっかり猫でも買ってしまいそう。

最後に人と手を繋いだのなんて、いつだったか思い出せない!

手のつなぎ方もいろいろです。

ショッピングモールのエスカレーターですれ違ったちょっと高揚気味の二人はしっかり指を絡ませていて、多分、付き合い始めたばかり。世界中がキラキラして、みんなが自分たちを見ているような気分になるものよね。

駆け出しそうな子どもの手首をしっかり握っているのはお父さん。わかるわかる。息子たちが小さかった頃の夫の姿を懐かしく思い出します。ぷよぷよだった息子たちの手はすっかりがっしりして、親よりも大きくなってしまいました。

静かにおしゃべりしながら高級宝飾店のショーウィンドウを眺めている老夫婦は、夫が妻の手を引いています。身なりの隅々までお金がかかっていて、いかにも富裕層という感じです。後ろを通る時につい「余剰資産はダイヤに変えるより、是非、社会のために寄付を」と念じてしまいました。

そしてなんだか双方不機嫌そうな中年夫婦。会話もないし、視線もバラバラなのだけど、手は繋いでる。ああ、私は彼らが一番羨ましかった。なんかそういう、安心して不機嫌でいられる感じというか、喧嘩してもまあ手は繋ぐよねという暗黙の了解というか、いいよね。どちらかがもう一人の手を所有物みたいに掴むのでもなく、性的な執着を思わせる指からめでもなく、不機嫌な者同士、不機嫌さも尊重しつつ連携してやっていこうやという感じが見て取れて、なんだかじわーんときてしまったのでした。つまりは、夫に会いたいなと。

人間はきっと、慣れ親しんだ誰かの体に触れることで、安心感を得ているのでしょう。家族の手は、体にたまった緊張を抜くアースみたいなものなのかもしれません。

手の話で思い出すのは父です。6年半前、私たち一家がオーストラリアに移住する時に、成田空港まで父と母が見送りに来てくれました。出発ゲートに行く前に握手した父の温かく分厚い手。普段あまり頻繁に会わないので、もしかしたらこれが最後になることもあるのかもと一瞬考えて、まさかと打ち消しました。

けれど、次に父の手を握ったのは、4年半後の病院のベッドの上でした。意識が戻ることなく、息を引き取った父。その瞬間、そばにいたのはたまたま私だけでした。少しずつ冷たくなっていく父の手の記憶を忘れることはないでしょう。

今、私がこうして東京の部屋で誰にも触れずに孤独でいるように、母も一人暮らしの部屋で父の思い出と暮らしています。感染予防でハグすることもできません。ときどき一人で皿を洗いながら、母も今頃一人でご飯の後片付けをしているかな、などと考えます。

私たち一人暮らしの女同士だね、なんて話してみたい気もするけれど、いざ電話をするとちょっと重たい時もあって、なんだかためらってしまう。

人と人の距離って、切なくて難しいです。

つなげる時に、手をつなごう。

いつもと違う日常の中で、そばにいる誰かの存在が、案外自分にとって大きいことに気づくのかもしれないですね。

小島慶子  
タレント、エッセイスト
仕事のある日本と、家族と暮らすオーストラリアのパースを毎月往復する出稼ぎ生活。 『るるらいらい~日豪往復出稼ぎ日記』(講談社)、『解縛(げばく)』(新潮社)、小説『わたしの神様』(幻冬舎)、小説『ホライズン』(文藝春秋)、新刊に『幸せな結婚』(新潮社)がある。